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予科練平和記念館の零戦21型と回天

昨日は、大雨が上がった茨城と千葉へ向かっていました。
amimachi.jpg
 綺麗な雲が出てきてきましたが、途中までは流されるのではないかというくらいの凄い勢いの雨でした^^;
 千葉からの帰りに立ち寄ったのは・・・・。
予科練平和記念館_01.jpg
 茨城県の阿見町にある「予科練平和記念館」です。
 予科練とは、「海軍飛行予科練習生」及びその制度の略称で、14才半から17才までの少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、1930年から終戦までの15年間で全国各地で約24万人が入隊し、うち1/10にあたる、約2万4千人が飛行練習生過程を経て戦地へ赴きました。なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は8割の1万9千人にのぼります。
 とはいえ、戦争の悲惨な歴史だけではなく、多くの少年たちが憧れのパイロットになって大空に飛び立ち、日本の航空機産業に貢献したという歴史もあるのです。
 ここの霞ヶ浦周辺には、海軍施設が多数存在しており、今もその名残を多数見ることができます。
予科練平和記念館_2.jpg
 零戦の写真展が先日までやっていたんですね。知らなかった・・・・。
 ちなみに上の2枚の上空に旅客機が写っていますが、しょっちゅう飛んでいます。ここからだと成田かな、羽田かな?
予科練平和記念館_6.jpg
 夕方でしたので入館はしませんでした。9時〜5時まで。大人500円です。

 実は、外の道路からも見えたこれが目当てです。
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最初に道路から見えた時、「うぉぉぉ〜 っ゚д゚)っ」と二度見(笑)
予科練平和記念館_8.jpg
零戦の1/1の実物模型が展示してあるのです。
(説明版はクリックで拡大)
零戦21型模型_08.jpg
最近の製作だったんですね。知らなかった。

零戦21型模型_019.jpg
予科練平和記念館_9.jpg
 
 模型だと侮るなかれで、リブなどの内部構造までしっかりと作りこんでいます。
これは凄い。

零戦21型模型_00.JPG
 リベットの波打感が見事ですね。
零戦21型模型_010.jpg
 エンジンも再現されていますが、模型なので
実物のエンジンではないです。

零戦21型模型_011.jpg
 
 この模型の重量は資料によると、1,620kg。これは実物の21型の自重1,754kgと極めて近いです。
 でも栄のエンジンって530kgなので、それを差し引くと、本物の機体重量は1,000kgと極めて軽かったのが分かります。堀越技師たちの苦労が偲ばれますね。
 模型はそれを思うと、2倍近い重量ということなのかな。飛ぶことを想定していないので、頑丈に作られているのか、それとも、重量配分を考えてエンジン部分に重量物を入れて重くしているのでしょうか。気になる。
 
零戦21型模型_012.jpg
塗装は防腐塗料の青竹色とはちょっと違いますね。メタリックの皮膜の強い焼付塗装のような感じです。
零戦21型模型_014.jpg
アクリル風防もよく出来ています。実際もこんなに薄かったのでしょうね。
零戦21型模型_016.jpg
翼端灯もうまく再現している感じですが透明アクリルではないのかな?
翼端は折りたたみができそうですね。
零戦21型模型_015.jpg
尾輪と着艦フックも気になる・・・。

零戦21型模型_03.jpg
本当に格納できそうな脚構造です。
零戦21型模型_01.jpg
零戦21型模型_09.jpg
写真を見て気がついたのですが、全体の写真よりも細部写真ばかりでした。
これ、モデラーの製作参考写真の撮り方ですね(笑)
零戦21型模型_02.jpg
日曜日の晴れた日には外に出して展示しているそうです。
せめて横も見れるように柵をもう少し後ろにして欲しい^^;
零戦21型模型_013.jpg

 なぜここに零戦ということなのですが、若き予科練の憧れの的であった零戦、それも一番活躍した21型を、開館5周年記念に是非展示したいということで選ばれたそうです。
 いやあ、いくらあれば実物大の模型が製作できるんでしょうね。今はCG図面やレーザー加工技術も進んでいるので、意外と廉価でできそうな予感。
 
 零戦はいつも実機ばかり観ていたので、実物大模型を見るのは初めてだったのですが、よく出来ているなぁと感心すると共に、何かがやはり違う違和感も感じました。
 うーん、何だろう?アンティーク感?レストア感?いや、なんかそれも違うような。歴史の重みというか、人の手が幾重にも重なった遺跡のような存在感なのかなぁ。
 いずれにせよ、本物にはなにか叶わないものがあるとは思いますが、このような実物大模型の企画は、是非進めて欲しいです。
零戦実物模型.jpg
 
 ちなみに 垂直尾翼のA60-05は架空です。Aが「阿見町」60が「阿見町施行60周年」、05は「予科練記念館5周年記念」の意味だそうで。私が吸い寄せられるように立ち寄ったように来場者が増えて、阿見町の観光に役立つといいですね^^

 さて、平和記念館を挟んでもうひとつの実物大模型を見てみます。 

回天_010.jpg
あっ、色は違えど回天だ。
予科練平和記念館_4.jpg
 九三式三型魚雷(酸素魚雷)に人を乗せて目標に誘導する特攻兵器ですね。酸素魚雷については色々と調べましたのでこちらの記事もご参照下さい。

→川棚海軍工廠と航空用九一式魚雷
→日本の酸素魚雷と航空兵器

回天_09.jpg
上部が白いのは訓練用の塗装だそうです。
予科練平和記念館_3.jpg

回天_09.jpg
回天_02.JPG
 人が乗り込むハッチが見えます。「ハッチは中から開けられない」というデマが流れていますが、そこまで非人道的ではなく、中から手動で開けられます。
 しかし、脱出装置はなく、一度出撃すれば、攻撃の成果に関わらず帰還ができないので、
乗務員の命はありませんでした。つまり故障しても命はありませんでした。この点、特攻機よりも酷い兵器です。
回天_03.jpg
真正面から見ると魚雷以外の何者でもありません・・・
回天_01.JPG
回天_05.jpg
回天_06.jpg
回天_07.jpg
貴重な写真となりました。


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コメント 12

ハッピー

零戦すごいですね!一度は見てみたいです!
by ハッピー (2016-08-03 18:59) 

kinkin

この零戦は見てみたいものですね、多分自分も模型作りような撮り方になるんだろうな(^^ゞ
by kinkin (2016-08-03 19:40) 

タイド☆マン

貴重な情報 ありがとうございます ☆
去年 完成したのですね 綺麗すぎる・・・
九九艦爆は来週でした、、、 すみません
by タイド☆マン (2016-08-03 19:56) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

回天・・・悲しい兵器です。
by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2016-08-03 20:36) 

caveruna

ここ行ってみたいかも!

先日、最近お友達になった方のお義父様が、
昔、飛行機乗りだったそうで、
「死ぬ前にもう一度空を飛びたい」と言っていて、
操縦は無理に決まってるからと、
せめてもと所沢の航空公園に連れてったら、
とても喜んでいたそうです^^
by caveruna (2016-08-04 09:38) 

tsumi

人間魚雷って…実在したんですね。ワンモアさんのように私は詳しくないのであまり思い入れが無く、回天を見ても、「なんと禍々しい兵器なんだろう」という悲しさしか込み上げてきませんでした…

実際に乗った人の最期を思うと、何とも言えない気持ちになりますね。。

しかし新しくてきれいな施設ですね!飛行機の模型はワンモアさん的にはその綺麗さがかえって物足りなかったようですね^^;

by tsumi (2016-08-04 14:00) 

johncomeback

阿見にはキヤノン㈱の精機工場があり、半年間秩父から
出向していた事があります。もう30年も前の事なので、
阿見の街並みも良く憶えていません(*´∇`*)
by johncomeback (2016-08-04 15:22) 

ワンモア

★ハッピさま
 こんにちは、是非一度実物を。大きさに圧倒されますよ^^

★kinkinさま
 気がついたら、全景とか撮影していないで、細部ばかり撮っていました(笑)

★タイド☆マンさま
 九九式艦爆、次回でしたか(笑)

★なんだかなぁ〜!! 横 濱男さま
 人類の歴史があと何百年、何千年続くかわかりませんが、「人間の命を犠牲にした特攻兵器」として確実に名前が残ると思うのです。

★caverunaさま
 飛行機乗りでしたか。一人前になるには何百時間、何千時間と乗るので、人生の一部ですものね・・・・。

★tsumiさま
 レストアした本物の零戦もすごく綺麗なのですよ。見た目は同じ感じなのですが、なんとなく違和感が・・・うまく説明ができなくて・・・(-_-)
 回天については、その事実に、なるべく多くの方々が知るべきかなと思います。そして善悪で決めつけるのではなく、当時の時代背景や多くの若者達の気持ちを察することが供養につながると思うのです。

★johncomebackさま
 こんにちは。あっ、そういえばあったような・・・。
by ワンモア (2016-08-05 12:45) 

bpd1teikichi_satoh

回天1型は、大量に残っていた酸素魚雷を利用して
人間が乗れる様に設計した正に人間魚雷だったのです。
今でも菊水酒造のマークになっている菊水マークは、
回天攻撃隊のマークになっています。
by bpd1teikichi_satoh (2016-08-05 19:08) 

ワンモア

★bpd1teikichi_satoh さま
 そうなんですよね。酸素魚雷は日本でしか実用化に成功しなかった優秀な魚雷。しかし、それを運ぶ、艦船も次々とやられていく中で、唯一、敵に一矢報いられる可能性のある必殺魚雷。
 現場の将兵から実用化させてくれという声で、開発されたのですが、このままみすみす無駄死にしたくない、どうせ死ぬなら敵に一矢報いたいという念いがあったのも事実だとは思います。こういう戦争は二度とおきて欲しくないものです。
by ワンモア (2016-08-05 19:20) 

ちょいのり

故障しても逃げられないってひどすぎですよね・・・
ボクは昔、歴史もあんまり知ることなく八丈島の回天の格納庫だったのでは?と言う洞窟探しにやっきになってました。
やっと見つけて喜んじゃった記事を書いたけれど・・・
今思うともう少し人の生き死に考えた記事を書けばよかったんじゃないかと後悔ですね^^;

by ちょいのり (2016-08-07 02:34) 

ワンモア

★ちょいのりさま
 こんにちは〜。脱出装置も計画にあったのですが間に合わなかったようです。兵器としては欠陥品です。
 
by ワンモア (2016-08-09 13:39) 

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